制作後記 ver2

制作後記など誰も読まないだろうが,このページを開いてくれた人にだけ,作者のホンネを教えよう.
●ver2にしての追加部分
2006年9月8日、一応久々のリニューアルができた。
といっても、見ての通り、絵的には何一つ変更がなく、あくまで配置と構造の改変に絞ったいたって地味なもの。
今回のねらいは、目的のページに達するまでのクリック数を短くすることと、見出しなどで検索しやすくすること。たとえば自分でも一番高頻度に見るのはブログなので、トップにもっていった。
あと、テーブルやフレームをやめて、スタイルシートでレイアウトをと思ったが、それこそデザイン的に全面リニューアルとなり、いろいろ面倒なので、結局もとのテーブル・フレームを修正して使った。ボタンも画像で作るのがめんどうだ。
もともとテキストばかりのサイトなので、文章を読みやすくする方を優先した。
絵心がないので画像の追加はできないし、色についても、webセーフカラーには使いたい色はなく、せっかく色彩検定の勉強までして配色の勉強したのに、結局色を選ぶ基準も対象のイメージカラーか自分の好みの色という、ど素人的発想になってしまった。

 

ここから以前のあとがき

●私から一定以上心理的距離のある人,すなわちこの世のほどんどの他者にとって,私の存在価値があるとすれば,それは肉体的価値ではなく,情報的価値だろう.
つまり世間の人にとっては,私の存在は,肉体である必要がなく(私にすごい肉体的魅力があれば別),なんらかの価値のある情報の発信元であればよい.webサイトはまさに私の情報の集合体,情報としての私自身である(80%程度にしても)

誰でも自分固有の情報をもっている.たとえば誰でも行く観光地に行ったにしても,自分独自の感じ方があるはず.それを公的に表現すれば,感じ方の選択肢(可能性)を社会に提供した意義がある.宣伝文句ばかりの観光雑誌よりも、利用者の視点による公平な情報提供という価値もある。そもそも情報の本質は「差異」である(だから0と1だけのdigitalで表現できるのだ).他の情報との差異,個性(他者との差異)こそが,その人の情報的価値なのだ.

そしてwebサイトを開設することは,World Wide Web(WWW)という全世界共通のデータ網に自分なりの情報を無償で提供するという,社会参加・自己投企の行為である. あなたもやるべきだ. おもしろければ日記でもいいんだ.なにしろ日本には日記文学の伝統がある(自他のプライバシーと他者の著作権には考慮して).いろんな人の日記を集めたサイトもある.

●サイトの価値は,第一に内容,第二に更新であるという.そしてデザインは三番目.デザインは内容との関係によって決まるもの.いくらプロのデザイナーに頼んでも,クライアントの提供する中身がろくな内容でない(宣伝媒体と勘違いしている法人のサイトのように)とせっかくのデザインを殺すことになる.読者に価値ある情報を提供するのがサイトの存在意義なのだから.テキストばかりのページでも読みごたえがあればそれでいいのだ.
ちなみにサイトデザインの第一義は,審美性よりも,視認性・操作性(人間工学的合理性)だ.
ただいくら内容があっても,頻繁に更新しないと,リピーター(愛読者)が得られない.赤字のテーマパークと同じ(ハード依存でソフトの変化がないから).更新とは内容の更新だから,たえざる創造表現が要求される.作ったらおしまいとはいかない.それにテキストだって表現をどんどん手直しすべき.だから,自分のサイトを「自分の分身」と思うほど入れ込まないかぎり,サイトを運営し続けるのは難しい.

●最初に開くページ(これが「ホームページ」,業界用語で「トップページ」)の重さも心配したほどではないようだ.タイトルに使ったフォントは「クラフト墨W9」というデザインフォントで,「山」の字がピッタリ気に入って使っている.それに「界」の字も人間みたいでかわいい.自分の氏名を青色にしたのはそれが自分のイメージカラーだと(勝手に)思っているから(似合わないって?).あと一番好きな黄色も使いたかった.黄色が入るだけで楽しくなるのは私だけ? 色使いは「見て楽しくなる」のを目的としたつもり.ただ青と黄色は補色関係なのでうまく使わないとド派手になってしまう.あと二次元のページの中でそれなりに立体感をもたせることを意識した.

成功したなって思うのは,制作後記のタイトルに「誰も読まない」ってつけたこと。こうして読んでくれたでしょ.改装前は制作後記が一番読まれなかったから「誰も読まない」っていうのは本当.それを逆手にとって,読者のアマノジャク精神に訴えてみた.

というわけで,これからもどんどん更新して,山根一郎の世界 を拡げていくので,時たま見に来てくださいね.

最後まで読んでくれてありがとう

Home に戻る