茶托の向き

山手線の車両には、暇つぶしのため情報を流すモニタが壁面上部に設置してある。
2007年3月のある日、そのモニタで、作法のクイズとして「客にお茶を出す時の茶托の向き」をやっていた。
それによると「木目を横に向ける」のが正しい作法で、凶事の時は縦にするという。
この答え、私が採点すると100点中、大甘にして50点だな。

まず作法を人様に伝えるのなら、その「根拠・理由」(作法学でいう機能素)を言及する必要がある。
なぜなら「作法」は恣意的に作ったのではなく、ちゃんとした理由があってそうなったから。
その理由こそ大切。
それを知らない人は、作法の上っつらだけ(条件素と行為素ペア)を知っている素人にすぎず、人様に作法を教える(つまり作法家としての)資格はない。

そこで、茶托の向きだが、「木目を横に向ける」というのは正しい。
ただしこれは茶托に限ったことではなく、木を削った台状の物に対する扱い一般にあてはまる。
その典型の「丸い盆を持つ」場合で根拠を説明しよう。

盆は両手で持つのだが、長方形の盆と違って、丸盆は一見どこも持ってもいいように思える。つまり丸盆の場合は盆の形態で持ち方が決らない。
そこで木目である。木目を縦に持った場合、たとえば廊下で滑ったように両腕にへんな力がはいった場合、盆は木目に沿って割れるおそれがある(当然載せた物は落下する)。
ところが木目を横に持てば、このようなアクシデントにおいても盆が割れる心配はない。
これが根拠。
作法の第一原理は「安全であること」(作法ではいつでも安全は表敬より優先される)。
とくに物を扱う時(武家礼法でいう「請渡し」)は安全に扱うことが前面に出る(武器の扱いなど)。
そのためには、道具との対話が必要で、どう扱えばいいのかは、道具それ自身が語っている。
したがって、長方形の盆でも長辺と木目が平行になっており、盆の手をかける部分を持つと、自然に木目が横になる(さっそく家の盆で確認しよう)。
これが基本なのだが、作法はさらに続く。

盆で木目が横になるのは、180°はさんで二ヶ所ある。ならその二ヶ所に作法的差異がないのか。
実はある。先の山手線ではこの部分が抜けていた。
第二の基準は、どうせなら相手側に正面を向けるということ。
茶の湯でも客に碗の正面を向けて出すでしょ。
木目の場合、正面は木の中心側となる。
木目が緩い弧を描いているなら、その弧の中心側を人(客)側に向ける。上の茶碗の正面を客側に向けるのと同じ。木目のある丸盆や茶托に絵柄がある場合、木目の中心側が正面になるように、絵柄の向きがそうなっている。
ここまで言及すれば満点だった。

だが、山手線ではあきらかに余分な間違った情報を加えていた。これで減点。
「凶事では縦に置く」ってどこの作法? そんなのない。
そもそも吉凶で作法を分けるのは、慶弔の気持ちを表示している箇所に限られる(色使いや縁起物など)。
ところが木目の向きは、安全の規準によるものであるから、吉凶で分ける部分ではない。
吉凶で向きを変えるなどと余分なことを考えた者は、木目の向きの作法的根拠を知らないために、向きを単なる無意味な形式と勘違いして、儀礼形式によって向きをかえていいと勝手に解釈したんだろう。
こういう生半可な自称「作法家」が作法を馬鹿らしい迷信的な内容に改悪してしまう。
作法は合理的な動作法の追究であって、単なる儀礼ではない、という根本認識が必要。

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