チンパンジーの肉食文化 (1/4)
- ここでは、遺伝53巻1号(1999年1月号)に掲載された「チンパンジーの肉食文化」という報告をもとに、野生チンパンジーの狩猟・肉食行動の特徴を紹介します
- 「チンパンジーの肉食文化」は、このページを含め全部で4ページです
1.はじめに
- かつて狩猟・肉食行動は、直立二足歩行や道具使用、言語使用などとともに、われわれの祖先が他の霊長類と分岐したのちに獲得されたもので、人類を人類たらしめている大きな特徴の一つと考えられていました。ところが、1950年代末から盛んになった霊長類の野外研究によって、人間以外の霊長類も狩猟・肉食することが明らかになりました。また、化石人類の研究や考古学的研究によると、最古の人類と考えられている猿人類が肉食していたという証拠は発見されておらず、肉食の明白な証拠はホモ属の登場まで待たねばならないとされています。
- しかし、現生霊長類の中で、最も頻繁に肉を食べ、狩猟対象の選択の幅が最も広いのは、紛れもなくわれわれ人間です。さらに人類の登場と乾燥した環境との結びつきが強いことを考えると、狩猟・肉食行動が人類進化に果たした役割は、決して小さなものではないと考えられます。人類の祖先は、いつどこで、頻繁に肉を食べるようになったのでしょうか? それは人類の進化にどのような影響を及ぼしたのでしょうか? こうした問いに答える有力な方法の一つが、われわれに近縁な類人猿と人間の狩猟・肉食行動の比較です。
- 大型類人猿には、オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ビーリャ(ボノボ、あるいはピグミーチンパンジー)の4種類が含まれます。このうち、オランウータンが肉食したという報告は、人に飼われていた個体を野性に戻すリハビリ活動によって、森に戻されたおとな雌がテナガザルを食べたという1例しかありません。またゴリラは、アリやシロアリといった動物性の食物は食べることは知られていますが、他の哺乳類を殺して食べたという証拠は見つかっていません。すなわち、野生オランウータンやゴリラは、基本的には狩猟・肉食しないと考えられます。
- コンゴ(旧ザイール)の熱帯低地林にのみ生息しているビーリャでは、長期的な調査が行われてきた三つの調査地から、狩猟・肉食の証拠が得られています。ただし、彼らの狩猟・肉食の頻度はチンパンジーと比べてたいへん低いものです。また、ビーリャの狩猟対象は、ムササビや有蹄類の赤ん坊といった小型の哺乳類に限られており、チンパンジーと比べて狩猟対象の選択の幅が狭いと考えられます。そして、チンパンジーの主な狩猟対象となっている霊長類を肉食したという証拠はまったく得られていません。
- チンパンジーは、アフリカの熱帯低地林や、ウッドランド、さらにはもっと乾燥したサバンナと様々な環境に生息しており、大型類人猿の中では最も多様な環境に適応しています。そして、中長期的な調査が行われたほとんどの場所から、彼らの狩猟・肉食の証拠が得られています。
- 左(上)の図は、これまでに肉食の証拠が得られているチンパンジーの調査地を、植生とともに示した図です。この図に示されているように、野生チンパンジーの肉食は、植生の違いに関係なく報告されています。このことから、チンパンジーにとって、狩猟・肉食行動は稀な出来事ではなく、その生息環境を問わず一般的な現象と言えます。
- また赤字で示したのは、チンパンジーの狩猟対象にサルが含まれている調査地です。黒字は、狩猟対象が不明な調査地、青字はサルが含まれていない調査地を示しています。これを見れば一目瞭然ですが、野生チンパンジーのおもな狩猟対象は、サルなのです。ちなみにサルが狩猟対象に含まれていないボッソウには、チンパンジー以外の霊長類は生息していません。
次へ
チンパンジーの世界へ