チンパンジー・リハビリ施設の問題点 (1/4)
- ここでは、1996年に「 チンパンジーのリハビリ施設の問題点」と題して、「 モンキー 40号2巻」に公表した内容に基づいて、チンパンジーのリハビリ施設の紹介と施設が抱える問題点を指摘しています
- 公表してから時間が経っていますし、施設のある国々の社会情勢が大きく変わっているので、最新の情報ではないことに留意して下さい
- 「チンパンジー・リハビリ施設の問題点」は、このページを含め全部で4ページです
- 密輸の取り締まりや医療実験などに用いられたため、人に飼われるようになった霊長類を野生に戻そうとする取り組みが、現在世界各地で行われています。例えばインドネシアには、ペットとして人に飼われていたオランウータンを、野生に戻すためのリハビリ施設が数カ所建設されています。アフリカにおいても、ゴリラやチンパンジーといった類人猿を中心に、こうしたリハビリ施設の建設が近年盛んになってきました。
- チンパンジーは、系統的にヒトに最も近く、生理的特徴がヒトに似ているので、様々な医療目的、例えば、黄熱病、風邪、小児麻痺、性病、肝炎、AIDSなどの治療薬やワクチンの開発に用いられてきました。1970年代に入るとこうした医療実験に用いられたチンパンジーの処遇が問題となってきました。また1980年代に入って、ワシントン条約が各国で批准されるにつれ、野生チンパンジーの密輸取り締まりも厳しくなり、その結果、保護したチンパンジーを収容する施設も必要になってきました。こうした背景から、チンパンジーのリハビリ施設が、生息地であるアフリカをはじめ、合衆国などにも建設されています。
- ここでは、1992年度にコンゴで行った野外調査の際に見学してきた、二つのチンパンジーのリハビリ施設を中心に、アフリカのチンパンジーのリハビリ施設が抱える様々な問題を紹介したいと思います。
アフリカのチンパンジーのリハビリ施設1
- ルボンド島(ビクトリア湖、タンザニア)
- アフリカ最大の湖であるビクトリア湖のタンザニア領内に位置するルボンド島での試みは、チンパンジーのリハビリの中でも最も早いものの一つです。1966〜1969年の間に、ドイツのフランクフルト動物学協会が、年齢4〜12才の野生由来の17頭のチンパンジーをルボンド島に四つのグループに分けて放しました。これらのチンパンジーは、いずれもアフリカ生まれで、3カ月半〜9年をヨーロッパの動物園で過ごしていました。ルボンド島は、面積240平方キロメートル、90パーセント以上が落葉林に覆われた島で、ここにはもともとチンパンジーの野生群はいませんでした。
- 1968年2月には、この島生まれのチンパンジー2頭がはじめて確認されました。その後、チンパンジーは順調に増加し、1985年の時点で、少なくとも20頭のチンパンジーの生息が確認されています。このうち、最低2頭の雌が1966〜1969年の間に放された個体でした。
- チンパンジーのリハビリでは、チンパンジーがまわりの環境に慣れ、野生状態で生きていく術を身につけるのに時間がかかることが大きな問題になっています。しかし、この島でのプロジェクトは、島に放された個体の年齢や履歴に恵まれていました。まず、最初に島に放された17頭のチンパンジーのうち、2頭を除いて、15頭は若者期の個体でした。そのため赤ん坊や子供より、新しい生活にすぐに慣れることができました。さらに、島に放されたすべての個体がアフリカ生まれで、野生チンパンジーの行動を身につけていました。例えば、彼らは人に教えられなかったにも関わらず、島に放してから1年後には、ベッドを作って寝るようになりました。また、チンパンジーは、島に放してから2カ月後に野生の食物を採食し始めました。こうしたチンパンジーの特徴が、次に述べるガンビア・プロジェクトよりも、このプロジェクトを成功させる要因となったと考えられています。
- ガンビア・プロジェクト
- このプロジェクトは、西アフリカのガンビア、セネガルで行われたもので、チンパンジーのリハビリへの取り組みとしては、ルボンド島と同じく早い時期に開始されたものです。
- このプロジェクトでは、まず、ガンビアのアブコ自然保護区に、野生に戻すチンパンジーの一時的な収容施設を建設することで始まりました。しかし、この施設の周囲には、1頭のチンパンジーも放されませんでした。
- 次に、セネガルのニオコロコバ国立公園内のアシリク山に、1972〜1979年の間に12頭のチンパンジーを放しました。しかし、この地域には、もともと野生チンパンジーが生息していました。そして、野生群が導入群に対し攻撃的に反応しました。これは、事前に考慮されなかった問題点であり、このプロジェクトの方針を大きく変更させる要因となりました。
- そこで、1979年にアシリク山に放されたチンパンジーをガンビアのガンビア川国立公園に移しました。ここでは、アシリク山での経験を踏まえ、野生群のいない川の中の島にチンパンジーを放しました。1982年12月の段階で、三つの島に26頭のチンパンジーがいました。放されたチンパンジーは、子供のときから人に飼われていたため、自然の中で生きていく術をほとんど知らず、そのためチンパンジーにベッドの作り方や野生食物の食べ方を教える必要がありました。
- ガンビア・プロジェクトは、ルボンド島に放されたチンパンジーに較べ、年齢層の低いチンパンジーをリハビリしなければならなかったため、自然の中で生きていく方法を教えなければならないという問題を抱えることになりました。また、野生群との関係などでも問題点が露呈し、この後のチンパンジーのリハビリへの取り組みに大きな影響を与えることになりました。
- マコク(ガボン)
- ガボン北東部のイビンド川の中の生態研究センターの周囲に、近くで捕獲された野生由来のチンパンジーが1960年代に放されました。一度失敗した後、1969年に4〜8才のチンパンジーの集団が65ヘクタールの川の中の島に放されました。1971年当時、8頭の若者が島の中に生息していました。最初は給餌されたが、野生の食物にすぐに慣れました。ただし、給餌は続けられました。
- 周辺で捕獲されたチンパンジーのためか、島の環境にもよく慣れ、水位が低下したときに川を渡って逃げ出すチンパンジーもいました。ここでの取り組みは、リハビリよりも、生態学的研究を主な目的としていました。研究の終了後、ほとんどのチンパンジーが再捕獲され、現在はガボン南部のフランスビルで医学的研究に用いられているそうです。
- リベリア生物医学研究所(リベリア)
- 1979〜1980年にチンパンジーを川の中の5ヘクタールの島に放しました。1982〜1983年にかけて、27ヘクタールのもう一つの島にも収容施設を建設しました。さらに、1985年には三番目の島にもチンパンジーが放されました。いずれも、川の中の島でした。こうした島で飼育されている個体以外に、100頭のチンパンジーが研究所内にいます。ここは、医療実験に用いられたチンパンジーをより野生に近い状態で飼育することを目的として建設されました。そこで、チンパンジーは4才まで肝炎やオンコセルカ症の実験に使用され、7〜10才になると島に放されました。
- 1987年11月現在で、I島には、1979〜1980年に放した個体とこの島で生まれた赤ん坊からなる15頭、U島には、1985年7月に放した27頭、V島には、1983年に放した14頭のチンパンジーがそれぞれいました。この時点では、給餌はI、U島で毎日、V島で週3回行われていました。島に放した初期には、川に落ちて溺れ死んだ個体もいたそうです。また、ここでは子供を叩きつけて殺す行動が頻出しました。これは、若年期の単独飼育が影響しているのではないかと考えられています。
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