問題点 (4/4)
ここまで述べてきたように、チンパンジーのリハビリへの取り組みは、様々な場所で、様々な形で行われています。そして、それぞれの場所で、何らかの問題を抱えているのが現状です。以下ではそれをまとめてみます。
- 野生群との関係
- 病気の導入の可能性
人に飼われていたチンパンジーを野生に戻すことで、野生群に彼らがそれまで持っていなかった病気などを導入する可能性があります。
- 群れ間関係
野生群との関係で言えば、ガンビア・プロジェクトで見られたように、野生群との社会関係が問題になることがあります。野生のチンパンジーの集団間関係は敵対的で、異なる集団のメンバーが出会うと攻撃しあい、ときには一方の集団のメンバーが、他方の集団のメンバーを殺してしまうことも観察されています。そこで、新しく導入されたリハビリ群が野生群から攻撃される可能性は高いと言えるでしょう。
- 密度増加
リハビリ群を放すことで、その地域のチンパンジーが増えすぎ、オーバー・ポピレーションになってしまう可能性もあります。
このように、リハビリ群を野生に戻す際には、野生群との関係を十分に考慮し、できれば野生群のいない場所に放すことが望ましいと考えられます。ただし、最近では、野生群がおらず、かつチンパンジーに好適な環境が残されている場所は非常に限られており、こうした場所を探すことが難しくなってきているのも事実です。
- 資金やスタッフの問題
チンパンジーは他の霊長類と比較しても成長がたいへんゆっくりとしています。そのため、リハビリに要する時間も長くなり、多大な資金と時間を要します。とくにコンゴのHELPのように、個人が運営している場合には、資金不足が重大な問題となってきます。また、チンパンジーのリハビリには、獣医学的知識とチンパンジーの行動・生態に関する知識を合わせ持ったスタッフが不可欠ですが、現状ではこうした人材の供給は少なく、資金や時間と同時にスタッフの不足も大きな問題となっています。
人に長期間飼育されていた個体では、野生の個体が本来持っている生活能力を身につけていない場合もあります。そうした場合、とくに赤ん坊や子供は、放された自然環境になじめず、人手がなければ生きていけないという状況になり、いつまでも人手に頼って生きていくということになりかねないという問題もあります。
- 政情
さらに言えば、こうした施設が建設されている国々は、必ずしも政情が安定しているとは言えません。外国からの援助や外国人によるボランティア活動によって運営されていることの多いこれらの施設では、政情不安が大きな問題になっています。
リハビリ施設の必要性
- こうした問題を抱える一方で、チンパンジーのリハビリの必要性は年々高まっています。例えば、野生チンパンジーに対する密猟の危険は、近年ますます増加しているのです。こうした密猟のほとんどは、チンパンジーをペットとして供給することを目的としています。そこで、こうした密猟を少なくするためには、密猟が割の合わない商売であることを密猟者に認識させ、一方で密猟を厳しく取り締まる必要があります。すると、密猟を取り締まった結果、収容されたチンパンジーを何らかの形で飼育していく施設が求められます。チンパンジーのリハビリ施設は、こうしたチンパンジーを好適な環境で飼育していくために不可欠なものとなるでしょう。
- また、リハビリ施設をふだんなじみのないチンパンジーへの理解を深めてもらう場、あるいは環境教育の場として活用することも必要になってくるでしょう。チンパンジーの生息地であるアフリカでは、実はチンパンジーなど生まれてから一度も見たことがないという人の方が圧倒的に多いのです。こうした施設は、地元の人たちがチンパンジーに間近に接することで、チンパンジーやその生息環境の保護への理解を深める助けとなるに違いないと思います。
- これまでの取り組みで明らかになってきた問題点が、一つ一つ地道に解決されることで、チンパンジーのリハビリという試みがよりよい方向に向かっていくことを期待しています。その際、野生のチンパンジーを研究している者も、積極的にこうした活動に関わっていく必要があるでしょう。また、高度な飼育技術と豊富な人材を持つ日本の動物園が、こうした取り組みに積極的に協力していくことも望まれます。
チンパンジー・サンクチュアリーの問題点 終わり
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