チンパンジーの肉食文化 (3/4)
3.チンパンジーの狩猟対象
- チンパンジーの狩猟対象には、人間とは大きな違いが認められます。人間の狩猟対象が有蹄類であることが多いのに対して、チンパンジーの対象は、霊長類であることが最も多いのです。これまでに狩猟・肉食の証拠が得られている14の調査地のうち、狩猟対象が明らかになっている12の調査地では、11の調査地で霊長類が狩猟・肉食されています(図1参照)。
- 下に示した表4は、前述した3ヶ所の調査地で得られたチンパンジーの狩猟対象に関する資料をまとめたものです。いずれの場所でもアカコロブスという霊長類が最も頻繁に食べられています。さらに、他の霊長類も加えると、彼らの狩猟対象の6割以上は霊長類です。
- 左の写真は、マハレのアカコロブスのおとな雌とこどもです
表4.マハレ、ゴンベ、タイのチンパンジーの狩猟対象哺乳類とその割合 |
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| | マハレ | ゴンベ | タイ |
霊長類 | アカコロブス | 53% | 82% | 77% |
| クロシロコロブス | いない | いない | 14 |
| オリーブコロブス | いない | いない | 3 |
| ヒヒ | 0 | 2 | いない |
| グエノン類 | 10 | 1 | 4 |
| その他の霊長類 | 0 | 0 | 2 |
有蹄類 | ブルーダイカー | 20 | いない | 0 |
| ブッシュバック | 7 | 5 | いない |
| ブッシュピッグ | 4 | 10 | 0 |
その他 | | 4 | 1 | 0 |
- 一方、調査地間での違いも認められます。例えば、ブルーダイカー(左の写真はマハレのブルーダイカーです)という小型の有蹄類は、マハレとタイには生息していますが、マハレではチンパンジーの狩猟対象になっているのに対し、タイでは狩猟されていません。ブッシュピッグもマハレとゴンベでは狩猟対象になっていますが、やはりタイでは狩猟されていません。このように、同じ哺乳類種がいたとしても、チンパンジーは場所によって狩猟したりしなかったりするのです。
- すなわち、チンパンジーは、単純に彼らの回りにいる哺乳類すべてを「肉」として利用しているわけでありません。タイでは、ブルーダイカーがチンパンジーのすぐ横を通り過ぎても、チンパンジーはブルーダイカーをまったく無視します。マハレでは、チンパンジーがブルーダイカーを見つければ、すぐに捕まえようとするのにも関わらず。
- マハレのチンパンジーがブルーダイカーを肉食しており、タイのチンパンジーが肉食しないのは、タイのチンパンジーがブルーダイカーを「肉」として見ていないからでしょう。かつて四足獣を肉食していなかった日本人にとって、農耕に使われていた牛はあくまでも農耕用であって、「肉」として認識されていなかったでしょう。その後、肉食「文化」の導入によって、日本人は、牛を肉として認識するようになったはずです。また、アフリカの熱帯林で生活する狩猟採集民の人たちは、象を肉として利用しています。しかし、多くの日本人は象を肉とは思っていないでしょう。このように、人間がある哺乳類を「肉」として見るかどうかは、それぞれの文化に左右されています。とすれば、チンパンジーの狩猟対象に見られた地域差も、チンパンジー「文化」の一部として認めてもいいのではないでしょうか。
- それぞれの地域で、チンパンジーがどのような哺乳類を「肉」として利用するかは、それぞれの地域の環境条件の違いから生み出されてきたのでしょう。しかし、現在同じ哺乳類が生息しているにも関わらず、ある場所のチンパンジーがそれを「肉」として利用し、別の場所のチンパンジーがそれを利用しないのは、どのような哺乳類を「肉」として見るかという認識が、それぞれの場所で共有され、親から子へと受け継がれてきた結果だとは考えられないでしょうか。そして、そこに人間の「食文化」と同じものをチンパンジーにも見て取れるのです。
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