霊長類に見られる被食−捕食関係 (5/6)
5.混群形成
- アフリカや中南米の熱帯林では、数種類の霊長類が同じ場所に生息することが珍しくありません。そして彼らは日常的に行動をともにし、同じ木で採食したり、休息したりします。この現象は混群と呼ばれています。
- 彼らはなぜ混群を作るのか? このことを説明するために、二つの仮説が提案されています。一つは採食効率仮説と呼ばれるもので、混群を作ることでお互いが、あるいは一方の種が採食効率を上げているというものです。他方が対捕食者仮説と呼ばれるもので、混群を作ることによって、捕食者の発見効率を上げたり、より効果的に防衛したりするというものです。
- このように霊長類の混群形成には、捕食者の存在が大きく関係していると考えられています。そこでマハレのアカコロブスが、チンパンジー狩猟から身を守るために混群を形成しているかどうかを検証してみました3)。
図3.マハレでは、季節を乾季(6月〜10月上旬)と雨季(10月中旬〜5月)に大別できる。また、チンパンジー狩猟には季節性が見られ、狩猟がよく行われる時期(5月〜1月)とあまり行われない時期(2月〜4月)に分けられる。こうした知見に基づいて調査期間を三つに分けた(調査期間1:1995年8〜10月上旬、調査期間2:1995年10月中旬〜12月、調査期間3:1998年1月〜3月)。タイの資料は参考文献12)による。
- チンパンジーM集団の遊動域内には、アカコロブス以外にキイロヒヒ、ミドリザル、ブルーモンキー、アカオザルの4種の昼行性霊長類が生息しています。このうちキイロヒヒは地上性が強く乾燥林が広がる地域に主に生息しており、アカコロブスと混群を作ることはまずありません。またミドリザルとブルーモンキーは生息密度が低く、アカコロブスと一緒にいるところをほとんど観察しませんでした。一方アカオザルはアカコロブスとほぼ同じ密度で生息しており、実際アカコロブスと一緒のところをよく観察しました。そこでアカコロブスとアカオザルの2種に絞って検証しました。
- さてここで注意しなければいけないのは、2種が一緒にいれば直ちに混群と呼べるわけではないという点です。生息密度が高かったり、同じようなものを採食していれば、偶然一緒にいることも増えるでしょう。そこで2種の生息密度や移動速度、群れの広がりから、この2種が偶然一緒にいる割合を計算してみました(図3)。すると残念ながら、アカコロブスとアカオザルが一緒にいた割合は偶然一緒になる割合とほぼ同じで、この2種が特別一緒にいることが多いとは言えませんでした。
- マハレのチンパンジー狩猟には季節性があると言われており、5-1月にチンパンジー狩猟が多くなります4)。そこで狩猟が盛んな時期とそうでない時期でアカコロブスとアカオザルとの混群率を比較してみましたが、明確な差は認めらませんでした(図3)。このように見てくると、マハレのアカコロブスはチンパンジー狩猟に対抗するために混群を作るとは言えないことが明らかになりました。
- 一方、タイではアカコロブスがチンパンジー狩猟に対抗するために、ダイアナモンキーと混群を作ると考えられています13)。この2種が一緒にいる割合は偶然一緒にいると仮定した場合の期待値よりもはるかに高いのです(図3)。さらにチンパンジーの声を実験的にアカコロブスに聞かせたところ、アカコロブスはたとえチンパンジーに近づくことになってもダイアナモンキーの方へ近寄って行くことも明らかになっています。
- このようなマハレとタイの違いは、生息する霊長類種とチンパンジーの狩猟方法の違いから説明できます。ダイアナモンキーはアカコロブスに比べて地上に近いところを利用することが多く、チンパンジーのように地上から接近してくる捕食者をより早く発見できる能力に長けています。おまけにタイのチンパンジーは静かにアカコロブスに忍び寄って来ることが多いのです。こうした状況では、アカコロブスがダイアナモンキーと混群を作ることはチンパンジー狩猟から身を守る上で有効な戦略となり得るでしょう。
- 一方マハレのチンパンジーは声を上げながら近づいてくることが多く、アカコロブスは捕食者の接近を容易に知ることができます。また混群相手のアカオザルはチンパンジーが近づいてくるとさっさと逃げ出してしまいます。さらにマハレのアカコロブスはチンパンジーの接近に対して蔓の中に身を隠すという戦略を用いていますが、混群を作ることによって個体数が増えれば、チンパンジーに発見され易くなるでしょう。このような条件の相違が、マハレとタイのアカコロブスの混群形成の違いを生み出していると考えられます。
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